相続放棄と相続税の課税関係
1 相続放棄と相続税上の取扱い
相続放棄とは、相続による被相続人の財産や債務の承継を生じさせないという相続人の意思表示です。
相続放棄は、被相続人に多額の債務がある場合だけでなく、被相続人や他の相続人との関係から、相続人が被相続人の財産の取得を希望しない場合などにも利用されます。
相続人は、相続を放棄した場合、その相続に関しては初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法939条)。
そのため、相続を放棄した者は、被相続人の財産を取得することはなく、また、被相続人の債務を承継することもありません。
もっとも、相続人は、相続を放棄したとしても相続税の手続と無関係になるわけではなく、相続税法では、相続を放棄した者が相続税を課される場合や相続税の総額の計算などにおいて各種の取扱いが定められています。
2 相続放棄をしても相続税が課されることがある
相続を放棄した者は、被相続人の財産を相続により取得していないことから、原則として相続税が課されることはありません。
しかし、相続を放棄した者が、被相続人からの遺贈(死因贈与を含む)により財産を取得した場合には、相続を放棄したとしても、相続税が課されることになります(相続税法2条、同法1条の3)。
これは、相続税の納税義務者に、被相続人の財産を遺贈(死因贈与を含む)により取得した者が含まれるためです。
また、相続を放棄した者が、被相続人の死亡による生命保険金や退職手当金等を取得した場合にも(相続税法3条1項各号)、相続税が課されることになります。
被相続人の死亡による生命保険金や退職手当金は、受取人の固有の財産であり、被相続人から相続または遺贈により取得した財産ではありませんが、被相続人の死亡に起因して発生するものであり、その経済的効果は実質的に相続財産と類似しています。そのため、相続税法では、これらを相続または遺贈により取得したものとみなして(「みなし相続財産」といいます)、相続税の課税対象としています。
このように、相続税法では、相続を放棄しても一定の場合には相続税を課税されることになります。
3 相続税の総額は相続放棄者の有無により影響を受けない
それでは、相続を放棄した者がいる場合、相続税はどのように計算されるでしょうか?
①相続税の総額を計算するには、まず、同一の被相続人から相続または遺贈により財産を取得した全ての者の課税価格を合計し、その合計額から遺産に係る基礎控除額(3000万円+600万円×当該被相続人の「相続人の数」)を控除して(相続税法15条1項)、課税遺産総額(課税される遺産の総額)を求めます。
この「相続人の数」は、相続放棄がなかったものとした場合における相続人の数とされています(相続税法15条2項括弧書)。
そのため、相続を放棄した者の有無は、遺産に係る基礎控除額の計算に影響しないことになります。
これは、課税価格の合計額から遺産に係る基礎控除額を控除して求める課税遺産総額について相続放棄者の有無による影響を受けないようにするものと考えられます。
②つぎに、上記①で求めた課税遺産総額を当該被相続人の相続人(相続を放棄した者を含む。相続税法15条2項)が法定相続分に応じて取得したものと仮定した金額を求めたうえで、その金額に一定の税率を乗じて各相続人の税額を計算します。そして、その税額を合計したものが相続税の総額となります(相続税法16条)。
この計算における「相続人」についても、相続を放棄した者が含まれており、相続放棄がなかったものとした場合における相続人とされています。
したがって、相続税の総額は、相続を放棄した者の有無によって影響を受けることはありません。
4 生命保険金等の非課税制度における相続放棄者の取扱い
相続税法において、相続を放棄した者を「相続人」として取り扱うか否かは一律ではなく、制度の趣旨に応じて異なることになります。
例えば、生命保険金や退職手当金等については、一定額まで相続税を課さない非課税限度額(500万円×被相続人の「相続人の数」)が設けられていますが、この「相続人の数」は、相続放棄がなかったものとした場合における相続人の数とされています(相続税法12条1項5号イ、6号イ、15条2項)。
もっとも、上記の非課税限度額の規定自体は、相続人が取得した生命保険金や退職手当金に限り適用され、相続を放棄した者が生命保険金等を取得した場合には適用されません(相続税法基本通達12-8、12-10)。
これは、生命保険金等の非課税制度の趣旨が被相続人の死亡後の遺族の生活保障という点にあると解されるところ、その趣旨は相続を放棄した者には妥当しないと考えられるためです。
したがって、相続を放棄した者は、非課税限度額の計算では相続人の数に含まれますが、非課税限度額の適用においては相続人として取り扱われず、非課税限度額の適用を受けることはできません。
このように、相続税法では、制度の趣旨に応じて相続を放棄した者を「相続人」として取り扱うか否かが異なっています。
5 まとめ
相続を放棄した者は、民法上、初めから相続人とならなかったものとみなされますが、相続税法では、その効果が一律に及ぶわけではありません。
相続税法は、相続を放棄した者について、課税関係や相続税の総額の計算、各種の非課税制度など、制度の趣旨に応じて異なる取扱いを定めています。
相続放棄を検討する場合には、民法上の効果だけでなく、相続税法上の取扱いについても確認することが重要です。
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