税理士の損害賠償責任における損益相殺

1 損益相殺とは?

税理士が依頼者に対し損害賠償責任を負う場合において、依頼者が損害を被る一方で利益を受ける場合には、損益相殺により、依頼者の利益の額が税理士の損害賠償額から控除されることがあります。

損益相殺とは、債務不履行における債権者や不法行為による被害者が、損害を受けると同時にこれと同一の原因によって利益を得る場合、その利益の額を損害賠償額から控除することです。
例えば、人身の被害による損害の賠償額の算定にあたり、将来の推定収入から生活費が控除されるのは損益相殺の考え方によるものです。

損益相殺は、民法上、明文の規定はありませんが、古くから判例で認められています(大審院大正2年10月20日判決(死亡による逸失利益から生活費を控除)など)。

近年の判例も、被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要がある旨を判示しています(最高裁平成5年3月24日大法廷判決)。

2 税理士の損害賠償責任における損益相殺の処理

消費税のように、その支払が損金や必要経費に算入される税金については、当該税金(消費税)の納付額が増加すると、他の税金(法人税や所得税)の納付額が減少することになります。
そのため、依頼者が、税理士の税務申告等に関する誤った処理によって、ある税金の納付額が増加して損害を被るとともに、他の税金の納付額が減少して利益を得るような場合には、税理士の損害賠償責任における損益相殺の処理が問題となります。

(1)消費税の過大納付額が損金に算入されることによる法人税等の減額分について損益相殺が認められた事例

裁判例(東京地裁平成13年10月30日判決)は、税理士が、依頼者の業務形態を十分に調査しないまま簡易課税制度を選択させた過失によって、依頼者に対し、本則課税制度を選択した場合よりも多額の消費税を負担する損害を与えたという事案において、消費税の過大納付額の損金算入による法人税等の減額分について損益相殺を認めています。

この事案では、依頼者は、税理士の過失により、過大な消費税を納付する損害を被っていますが、一方で、法人税等の納税額の算出に際しては消費税が損金に算入されることから、消費税の過大納付額に法人税等の負担率を乗じた額の法人税等の納税義務を免れています。

この点について、裁判所は、依頼者が法人税等の納税義務を免れた額の利益を得たものと認められるとして、この利益を税理士の損害賠償額から控除されるべきものとしており、法人税等の減額分についての損益相殺を肯定しています。

(2)消費税の還付不能額が固定資産の減価償却費に計上されることによる所得税等の減額分について損益相殺を否定した事例

裁判例(東京地裁平成24年12月27日判決)は、税理士が、消費税の課税事業者選択届出書を提出すべき時期に提出しなかった過失によって、依頼者に対し、消費税の還付不能額の損害を与えたという事案において、損益相殺を否定しています。

この事案では、依頼者は、建築中の賃貸用共同住宅の工事代金に係る消費税の還付を受けることを企図して税理士と委任契約を締結し、一旦は消費税の還付を受けていますが、税理士が課税事業者選択届出書を提出すべき時期に提出していなかったことから、その後の更正処分によって、還付された消費税を返還しており、消費税の還付不能額の損害賠償を税理士に求めました。

これに対し、税理士は、還付されなかった消費税は賃貸用共同住宅等の取得価格に加算されることにより(消費税について税込経理方式を選択していたものとみられます)、賃貸用共同住宅等の減価償却費が増加することから、依頼者の課税所得額が減少して所得税等が減額されるとして、その減額分について損益相殺を主張していました。

この点について、裁判所は、依頼者に対する所得税等の減額は、依頼者の所得の有無及び多寡等により、減額が生じるか否か、減額が生じるとしてもその額が異なり得ることから、税理士の義務違反によって生じた利益とはいえないとして、所得税等の減額分についての損益相殺を否定しています。

この裁判例は、消費税の還付不能額が減価償却費に計上されることにより所得税等が減額されることについて、依頼者の課税所得の有無や多寡等によって左右されることを考慮して、依頼者の所得税等の減額による「利益」は実質的に存在しないものと判断したと考えられます。

3 まとめ

損害賠償制度は、不法行為の被害者や債務不履行における債権者に生じた損害を、加害者や債務者に賠償させることにより、被害者らが被った不利益を補填して、不法行為や債務不履行がなかったときの状態に回復させることを目的としています。

一方、損益相殺は、不法行為の被害者や債務不履行における債権者が、損害賠償制度により不利益を補填されることがあっても、利益を得ることは認められないという考え方に基づくものです。

税理士が依頼者に対し損害賠償責任を負う場合において、依頼者が何らかの損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受けるような場合には、損害賠償額の算定にあたり損益相殺に留意することが重要となります。


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