税理士と依頼者の契約解除に関する規律とポイント

1 委任契約の終了事由としての契約解除

税理士と依頼者の間の税務申告等の業務に関する契約は、一般的に委任契約(民法643条)であると解されています。
委任契約は、契約一般の終了事由である契約期間の満了や委任事務の終結、履行不能などによって終了するほか、委任契約に特有の終了事由である当事者の死亡や破産手続開始の決定などにより終了します。
税理士と依頼者の委任契約が終了する事由としては、当事者が契約関係からの離脱を求めて契約解除を行う場合も多いことから、契約解除の規定や方法などには特に留意する必要があります。
以下では、税理士と依頼者の委任契約に関する契約解除の規律や留意点などについてみていきます。

2 委任契約はいつでも自由に解除できる 

委任契約は、各当事者がいつでもその解除をすることができます(民法651条1項)。
この委任契約の任意解除権は、委任が当事者間の信頼関係を基礎とする契約であることから、信頼関係が失われた場合に契約を継続させることは不合理であるという考えによるものです。
民法上、委任契約を締結している当事者(委任者と受任者)は、特別の理由がなくても自由に契約を解除できることになります。

(1)契約解除の方法

委任契約の解除は、相手方に対する一方的意思表示によって行われます(民法540条1項)。
解除の意思表示は、撤回することができません(民法540条2項)。もっとも、相手方の同意があるときには、解除の意思表示の撤回は許されます(最高裁昭和51年6月15日判決)。
解除の意思表示は、明示たると黙示たるとを問いません。また、一般的には書面等により解除の意思表示がなされますが、口頭で解除の意思表示をすることも可能です。

(2)債務不履行を理由とする解除との関係

委任契約においても、当事者の一方に債務不履行があった場合には、債務不履行を理由として契約を解除することができます(民法541条以下)。
例えば、税理士が依頼者との契約による委任事務を遂行したにもかかわらず依頼者が契約で定めた報酬を支払わない場合、税理士は、債務不履行を理由とする解除(民法541条以下)と任意解除権による解除(民法651条1項)のいずれによっても委任契約を解除することができます。

なお、債務不履行を理由として解除の意思表示をしたにもかかわらず、債務不履行の事実が認められない場合、その解除の意思表示は、民法651条による解除の意思表示として有効とされます(大審院大正3年6月4日判決参照)。

(3)任意解除権を放棄する特約の効力

委任契約の任意解除権を定めた民法651条1項は任意規定であることから、任意解除権を放棄する当事者間の特約は原則として有効です。
しかし、任意解除権を放棄する特約が公序良俗に反する場合や脱法行為に該当する場合には、その特約は無効となります。
判例は、各種年金の受領委任などにおける任意解除権の放棄特約について無効としています(大審院大正4年5月12日判決、大審院昭和7年3月25日判決など)。

(4)受任者の利益をも目的とする委任契約を委任者は任意に解除できるか?

委任契約は、通常、委任者の利益を目的として締結されますが、委任契約が受任者の利益をも目的とする場合、委任者は民法651条1項(任意解除権)により自由に解除できるでしょうか?
受任者の利益には、後述するように、受任者が受け取る報酬は含まれないと解されていますが、委任者による自由な解除は、受任者が委任事務の遂行によって受ける利益と抵触することから、委任者の任意解除権による解除の可否が問題となります。

この点について、当初、判例は、委任事務の処理が委任者のためのみならず受任者の利益をも目的とするときは、委任者は民法651条により委任契約を解除することはできないとしていました(大審院大正9年4月24日判決)。
しかし、その後、判例は、委任者の利益のみならず受任者の利益のためにも委任がなされた場合であっても、受任者が著しく不誠実な行動に出た等やむをえない事由があるときは、委任者において委任契約を解除することができるとしており(最高裁昭和40年12月17日判決、最高裁昭和43年9月20日判決)、さらに、やむをえない事由がない場合であっても、委任者が委任契約の解除権自体を放棄したものとは解されない事情があるときは、委任者は、解除による受任者の損害を賠償して、民法651条に則り委任契約を解除することができるとしています(最高裁昭和56年1月19日判決)。

このように、判例は、受任者の利益をも目的とする委任契約について、委任者の任意解除権の行使に対する制限を緩和したうえで、解除による受任者の不利益を損害賠償により填補するという当事者間の利害調整の方法を示しています。

改正民法(2020年4月1日施行)では、この判例の考え方を踏まえて、委任者が受任者の利益をも目的とする委任契約を解除したときには、やむを得ない事由があったときを除いて、損害賠償をしなければならないとしています(民法651条2項、同項2号)。

(5)税理士顧問契約と委任者の任意解除権による解除

① 税理士顧問契約を委任者は任意に解除できるか?

税理士(受任者)と依頼者(委任者)の間で税理士法2条に定める税理士業務や関連業務等の事務処理の委託を目的として締結される、いわゆる税理士顧問契約について、依頼者は民法651条1項(任意解除権)により自由に解除することができるでしょうか?
この点に関して、判例は、委任契約たる税理士顧問契約は受任者の利益をも目的として締結されたとはいえないとして、委任者の任意解除権による解除を認めています(最高裁昭和58年9月20日判決)。

税理士顧問契約は、受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者が民法651条1項に基づきいつでも理由を告知せずに解除することができる

具体的には、まず、依頼者が、税理士の高度の知識及び経験を信頼し、税理士に対し、税理士法2条に定める租税に関する事務処理のほか、依頼者の経営に関する相談に応じ、その参考資料等を作成すること等の事務処理の委託を目的として締結した税理士顧問契約について、全体として一個の委任契約であるとしています。
また、委任契約が受任者の利益をも目的として締結された場合でない限り、委任者は、民法651条1項に基づきいつでも委任契約を解除することができ、かつ、解除にあたり、受任者に対しその理由を告知することを要しないというべきであり、このことは、委任契約たる税理士顧問契約についても何ら異なることはないとしています。

税理士顧問契約は、受任者の利益をも目的として締結されたとはいえない

そして、委任契約において委任事務処理に対する報酬を支払う旨の特約があるだけでは、受任者の利益をも目的とするものとはいえないことは判例(最高裁昭和43年9月3日判決)の示すところであり、また、税理士顧問契約における受任事務は、一般に、契約が長期間継続することがその的確な処理に資する性質を有し、当事者も、通常は、相当期間継続することを予定して税理士顧問契約を締結するものであり、依頼者から継続的、定期的に支払われていた顧問料が税理士の事務所経営の安定の資となっていた等の事実も、これをもって受任者の利益に該当するものとはいえないとして、当該契約が受任者の利益をも目的として締結されたとはいえない旨を判示しています。

② 期間の定めのある税理士顧問契約を委任者は任意に解除できるか?

前述の判例(最高裁昭和58年9月20日判決)は、期間の定めのない税理士顧問契約について委任者の任意解除権による解除を認めたものでしたが、期間の定めのある税理士顧問契約については、どのように考えられるでしょうか?
この点に関して、裁判例には、期間の定めのある税理士顧問契約について、期間の定めのあることが受任者の利益にあたるとは解されず、また、単に期間の定めがあったというだけでは委任者が民法651条1項の任意解除権を放棄したと認めることはできないとして、委任者の任意解除権による解除を認めたものがあります(東京高裁昭和63年5月31日判決)。

期間の定めのあることは受任者の利益にあたらない

具体的には、まず、委任契約における受任者の利益とは、委任事務処理と直接関係のある利益であること、すなわち、委任事務の遂行によって受任者に生じる利益であって、受任者がその利益を享受することにつき、委任者がこれを承認しなければならない何らかの関係の存在するものであることを必要とするとしています。
そして、受任者である税理士が委任者である依頼者から支払を約束されている報酬は、受任事務遂行の結果、その対価として受領するものであるから、受任者の利益とは認められないとしています。
また、期間の定めについても、当事者双方にとって有利、不利となる場合がそれぞれ生じうるのであり、期間を定めたことそれ自体が直ちに受任者の利益の有無に結び付くものではなく、受任者の利益にあたるとは解されないとしています。

期間の定めがあることだけでは委任者が任意解除権を放棄したといえない

委任者が契約をいつでも解除できるという委任契約の本質的な権利を放棄したと認めるには、単に期間の定めがあったというだけでは足りず、当該期間中契約が継続しなければ委任契約の目的を果たすことができない場合である等、委任者において特段の事情でもない限り約定の期間が満了するまで契約を継続させる意思を有していたと認めるべき客観的・合理的理由のある場合であることが必要であるとしています。

3 相手方に不利な時期に委任契約を解除したときは原則として損害賠償が必要となる

委任契約では、各当事者がいつでも委任を解除できますが、当事者の一方が「相手方に不利な時期」に委任を解除したときは、原則として相手方の損害を賠償する必要があります(民法651条2項本文、同項1号)。

「相手方に不利な時期」とは、事務処理自体との関連において相手方に不利な時期をいいます(東京高裁昭和63年5月31日判決)。
受任者が解除する場合では、委任者がその委任事務を自ら処理したり他人に処理させたりすることができないような時期に解除する場合が該当します。
例えば、税理士が依頼者の税務申告期限の直前に委任契約を解除するような場合には、依頼者(相手方)に不利な時期に解除した場合に該当する可能性があります。

相手方に不利な時期に解除したときに賠償すべき「損害」とは、時期が不当であったことから生じる損害をいいます(東京高裁昭和63年5月31日判決)。
例えば、税理士が契約を解除した時期が依頼者に不利な時期であったことに起因する損害が生じた場合には、税理士は依頼者に損害賠償義務を負う可能性があります。

4 やむを得ない事由があるときは損害賠償が不要となる

前述のように、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任を解除した場合には原則として相手方の損害を賠償する必要がありますが、「やむを得ない事由」があったときは、損害賠償をする必要はありません(民法651条2項但書)。

ここでいう「やむを得ない事由」とは、受任者が解除する場合では、受任者が病気で事務処理ができない場合や委任者に不信な行為がある場合などが該当します。
例えば、税理士が解除する場合において、依頼者の著しく不誠実な言動等により当事者間の信頼関係が破壊されている状況があった場合には、やむを得ない事由があったものと判断される可能性があり、その場合には税理士が損害賠償をする必要はないことになります。

5 受任者の利益をも目的とする委任契約を解除したときは原則として損害賠償が必要となる

改正民法(2020年4月1日施行)は、委任者が受任者の利益をも目的とする委任を解除したときは、やむを得ない事由があったときを除いて、委任者は相手方の損害を賠償しなければならないとしています(民法651条2項、同項2号)。
当該規定は、前述の判例(最高裁昭和56年1月19日判決)の考え方を踏まえて新設されたものです。

ここでいう「受任者の利益をも目的とする委任」とは、委任事務の遂行により委任者だけではなく受任者も利益を享受することが目的とされている委任契約をいうと解されています。
「受任者の利益」には受任者が受領する報酬は含まれません(民法651条2項2号括弧書)。

一般的な税務申告等の税理士業務に関する委任契約は、前述の判例(最高裁昭和58年9月20日判決)を踏まえると、受任者の利益をも目的とする委任には該当しないと考えられます。

6 まとめ

委任契約において当事者がいつでも自由に解除できることは、当事者間の信頼関係を基礎とする委任契約の本質によるものとされています。
もっとも、契約の解除は、相手方に対する一方的な意思表示で契約を終了させる行為であり、契約を継続しようとする相手方の利益に反することから、新たな紛争につながることもあります。
民法上の契約解除に関する規定は任意規定であり、当事者間の合意により別段の定めが設けられている場合もありますので、改めて契約書における契約解除に関する条項を確認するなどして、契約解除の方法や時期などに留意しておくことが必要です。


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