税理士の報酬に関する民法の規律と留意点

1 委任無償の原則と実際の委任契約

税理士と依頼者の間で税務申告等の事務処理の委託を目的として締結される契約は、委任契約(民法643条)であると一般的に解されています。

民法上、委任契約は原則として無償とされており、受任者は、特約がなければ、委任者に対して報酬を請求することはできません(民法648条1項)。

したがって、委任契約において受任者が報酬を請求するためには、委任者との間で報酬の支払いに関する合意をする必要があり、通常、報酬の金額や支払方法、支払時期などの取り決めがなされます。

現在、実際に利用されている委任契約のほとんどは報酬の定めのある有償委任であり、税理士と依頼者の間の委任契約も通常は有償委任となっています。

(1)明示の特約がない場合に受任者の報酬請求権は認められるか?

それでは、委任契約において報酬の支払いに関する明示の特約がない場合、受任者が報酬を請求することは認められるでしょうか?

この点については、特約がなくても慣習または黙示の合意によって報酬請求権の成立が認められる場合があると一般的に考えられており、例えば、受任者が業務として委任事務を処理する者である場合には、明示の特約がない場合でも受任者の報酬請求権が認められるケースがあります。

判例(最高裁昭和37年2月1日判決)は、弁護士への訴訟委任の事案において、弁護士の報酬額につき当事者間に別段の定めがなかった場合、裁判所がその額を認定するには、事件の難易、訴額及び労力の程度だけでなく、当事者間の諸般の状況を審査し、当事者の意思を推定して相当な報酬額を算定すべきであるとしています。

このように、判例は、弁護士の報酬に関して、委任契約に報酬額の別段の定めがない場合でも報酬請求権が成立することを認めており、そのうえで、相当な報酬額を認定する際には、事件の難易や労力の程度のほか、当事者間の諸事情を勘案し、当事者の意思を推定して算定すべきとする考え方を示しています。

報酬に関する明示の特約がない場合の税理士の報酬請求権

上記の判例の考え方は、税理士の報酬に関する裁判例においても採用されています。

近年の裁判例(東京地裁令和2年3月10日判決)は、税理士が依頼者から相続に係る業務等を依頼された委任契約につき報酬の支払に関する具体的な合意がなかった事案において、税理士が委任事務を処理して報酬を得ることを業とする者であること、当該委任契約に別途の報酬は発生しない等の合意がされた様子もないことを踏まえ、依頼者において相当額の報酬を支払うとの黙示の合意がされたものとして、税理士の報酬請求権を認めています。

そして、依頼者が支払うべき相当な報酬額については、税理士が行った委任事務の難易、労力の程度、依頼者との関係性や税理士会の旧税理士業務報酬規定等その他諸般の状況を考慮すること等により、当事者の意思を推定して相当な報酬額を算定するとしており、税理士の相当報酬額を算定する際に考慮すべき事情を示しています。

なお、上述のように、報酬の支払いに関する明示の特約がない場合でも報酬請求権が認められる場合があるのはたしかですが、無用なトラブルを未然に防ぐためには、税理士と依頼者の間で委任契約を締結する際に契約書を作成して報酬に関する定めを明記しておくことが重要です。

(2)報酬の有無や多寡により受任者に要求される善管注意義務の水準は変わるか?

委任契約において、受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負います(善管注意義務。民法644条)。

民法上、委任契約は当事者間の信頼関係を基礎とするものであり、善管注意義務は報酬の有無や多寡を問わず受任者に要求されるものと考えられます。

この点に関して、判例(大審院大正10年4月23日判決)は、受任者について、受ける報酬の多寡にかかわらず委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理すべき義務を負うとしています。

委任契約に基づく善管注意義務は報酬の有無や多寡を問わず税理士に要求される  

税理士は、税務に関する専門家であり、依頼者から税務申告等の業務を委任されたときは、委任契約に基づく善管注意義務として、委任の趣旨に従い、専門家としての高度の注意をもって委任事務を処理する義務を負うものとされています。

税理士が委任された業務を無償あるいは低廉な報酬で行ったとしても、税理士に要求される善管注意義務が軽減されることはないと考えられるため、留意する必要があります。

2 委任契約の報酬の支払時期

委任契約において受任者が報酬を受け取ることができる場合、受任者は、どの段階で報酬の支払いを求めることができるでしょうか?

委任事務の処理に対して報酬が支払われる場合

受任者の委任事務の処理に対して報酬が支払われる場合、受任者は、委任事務を履行した後でなければ報酬を請求することはできません(民法648条2項本文)。もっとも、期間によって報酬を定めた場合には、その期間を経過した後に報酬を請求することができます(同項但書、624条2項)。

なお、この規定は任意規定であることから、当事者間の合意により、報酬の支払時期を前払いとすることは認められます。

委任事務の履行により得られる成果に対して報酬が支払われる場合

改正民法(2020年4月1日施行)は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払う旨の合意がされた場合に関して、新たな規定を設けています。

具体的には、委任事務の履行により得られる成果が引渡しを要する場合の報酬の支払時期について、報酬は、その成果の引渡しと同時に支払わなければならないとしています(民法648条の2第1項)。
一方、委任事務の履行により得られる成果が引渡しを要しない場合については、当事者間で成果に対して報酬を支払う旨の合意がされていることから、受任者は、成果が得られた後に報酬を請求できることになります。

この規定も任意規定であり、当事者間の合意によって当該規定と異なる定めを設けることは可能です。

税理士の委任契約における報酬の支払時期

税理士と依頼者の間の委任契約は、税理士による税務申告等の事務処理に対して報酬が支払われる場合が一般的です。また、契約書が作成されている場合、通常、税理士の業務内容に応じて報酬の支払時期が定められていることから、民法の任意規定が適用される場面は少ないと考えられます。

もっとも、税理士と依頼者の間で契約書が作成されていないようなケースにおいて、報酬の支払時期についても別段の定めがない場合には、民法の任意規定が適用されることになりますので、留意する必要があります。

3 委任契約が中途で終了した場合等の報酬請求権

委任契約において、委任事務が履行不能となった場合や委任が中途で終了した場合、受任者は報酬の支払いを求めることができるでしょうか?

委任事務の処理に対して報酬が支払われる場合

受任者の委任事務の処理に対して報酬が支払われる場合に関して、改正前の民法は、委任が履行の中途で終了したことについて受任者に帰責事由がない場合には、受任者は既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができるとしていました(旧民法648条3項)。

これに対し、改正民法(2020年4月1日施行)は、①委任者の責めに帰することができない事由によって委任事務の履行をすることができなくなった場合(委任事務が履行不能となった場合)、または②委任が履行の中途で終了した場合(委任が解除された場合など)には、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求できるとしています(民法648条3項)。

なお、委任事務が履行不能となった場合について、委任者に帰責事由がある場合には、危険負担の規定(民法536条2項)により、受任者は、委任者に対し、委任事務の未履行分も含めて報酬の全額を請求できる場合があると考えられます。

また、改正民法によると、受任者に帰責事由がある場合でも、受任者は、既履行の割合に応じて報酬を請求できることになりますが、受任者の帰責事由によって委任者が損害を被っている場合には、委任者が受任者に対し損害賠償を請求することは可能です。

委任事務の履行により得られる成果に対して報酬が支払われる場合

改正民法(2020年4月1日施行)は、委任事務の履行により得られる成果に対して報酬を支払う旨の合意がされた場合に関して、成果が得られなかった場合の報酬に関する規定を設けています。

具体的には、①委任者の責めに帰することができない事由によって成果を得ることができなくなった場合(委任事務が履行不能となり成果を得ることが不能となった場合)、または②成果が得られる前に委任が解除された場合において、既に履行した委任事務の結果のうち可分な部分の給付によって委任者が利益を受けるときは、その部分を得られた成果とみなして、受任者は、委任者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができるとしています(民法648条の2第2項、634条)。

なお、委任事務の履行不能により成果を得ることが不能となった場合について、委任者に帰責事由がある場合には、危険負担の規定(民法536条2項)により、受任者は、委任者に対し、報酬の全額を請求できる場合があると考えられます。

当事者間の合意による特約は認められるが、一定の場合にはその効力が制限される

上記の民法の規定はいずれも任意規定であることから、委任契約が中途で終了した場合の報酬の取扱いについて、当事者間の合意により当該規定と異なる特約を定めることは認められます。

もっとも、委任契約が中途で終了した場合には委任事務の処理が完了していないことから、委任事務の履行状況や委任が中途終了するに至った経緯等を考慮し、当事者間の特約の効力が制限される場合があることに留意する必要があります。

税理士の委任契約が中途で終了した場合等の報酬請求権

税理士と依頼者の間では委任契約が中途で終了した場合等の報酬の取扱いについて問題となるケースがありますが、契約書で民法の任意規定と同程度の定めを設けている場合は少ないと考えられます。
委任契約が中途で終了した場合等の報酬請求権について別段の定めがない場合には、上記の任意規定が適用されることになりますので、民法の規律に留意する必要があります。

4 まとめ

委任契約において税理士が依頼者に対して報酬を請求するためには、当事者間で報酬に関する合意をする必要があり、報酬の金額や相当性、支払の時期などはトラブルになりやすいポイントです。

税理士の業務は専門的であり、継続的なものから臨時的なものまで形態も様々ですが、依頼者との信頼関係に基づいて業務を遂行するには、受任した業務の内容や範囲を明確にしたうえで、その業務に対する報酬の取扱いについて説明を尽くすことが重要となります。


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