税理士の依頼者に対する損害賠償責任の免責条項
1 契約における損害賠償責任の免責条項
税理士と依頼者の間の税理士業務に関する委任契約においては、税理士の損害賠償責任を一定の場合に免除したり、損害賠償額を一定の範囲に制限したりする条項が設けられる場合があります。
民法上、契約の当事者は、自己の債務不履行により相手方に損害が生じた場合にはその損害を賠償する責任を負うことになります。
もっとも、私的自治ないし契約自由の原則により、当事者間の合意があれば、損害賠償責任を一定の場合に免除または制限する条項を定めることができます。
このような免責条項や責任制限条項は原則として有効とされますが、その内容が公序良俗や信義則に反する場合には無効となります。
一般的に、債務者の故意や重過失による損害賠償責任を免除または制限する条項は公序良俗に反するものとして無効となる可能性があります。
判例の免責条項に対する考え方
判例には、債務者の履行遅滞による損害賠償責任に関して、その履行遅滞が過失により生じた場合については、契約自由の原則により当事者間の特約をもって予め損害賠償責任を免除することができるとする一方で、その履行遅滞が故意により生じた場合については、当事者間の特約をもって予め損害賠償責任を免除することはできないとしたものがあります(大審院大正5年1月29日判決)。
近年の判例においても、債務者に故意や重過失がある場合の損害賠償責任の免除や制限を否定する考え方が示されています。
例えば、ホテルの宿泊客がフロントに預けなかった物品の滅失毀損等につきホテルの損害賠償義務の範囲を制限する宿泊約款の定めが設けられていた事案において、判例は、当該定めについて、ホテル側に故意または重大な過失がある場合には適用されないとしています(最高裁平成15年2月28日判決)。
下級審の裁判例には、情報処理システムの設計保守等の受託会社と委託者の間の契約における受託会社の損害賠償責任の責任制限条項について、受託会社に故意または重過失がある場合には適用されない旨を判示したものがあります(東京地裁平成26年1月23日判決)。
2 税理士と依頼者の契約における免責条項
(1)依頼者が法人や個人事業主等の事業者である場合
税理士と依頼者の間の税理士業務に関する委任契約においては、税理士の損害賠償責任を一定の場合に免除または制限する条項は原則として有効とされますが、その内容が公序良俗に反する場合や不当と評価される場合には無効となります。
具体的には、税理士の故意や重過失による損害賠償責任を免除または制限する条項は公序良俗に反して無効と判断される可能性が高いと考えられます。
なお、税理士と依頼者の間の委任契約については、税務の専門家である税理士が税理士業務の不履行による不利益を依頼者に不当に転嫁すべきではないという観点から、契約条項の内容が判断される可能性があります。
そのため、税理士の軽過失による損害賠償責任を制限する条項であっても、個々の事案では無効と判断される余地があることについては留意する必要があります。
(2)依頼者が「消費者」である場合は消費者契約法が適用される
非事業者である個人が依頼者となる場合(例:個人が相続税申告に係る業務を税理士に依頼する場合)には、当該依頼者は「消費者」(個人をいいます(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)。消費者契約法2条1項)に該当し、当該依頼者と税理士との間で締結される委任契約には消費者契約法が適用されます。
そのため、依頼者が「消費者」である場合には、税理士の損害賠償責任の免責条項や責任制限条項が消費者契約法に抵触しないように留意する必要があります。
ア 税理士の損害賠償責任の全部免除は無効
消費者契約法においては、事業者の債務不履行または債務の履行に際しての不法行為に基づく損害賠償責任の全部を免除する条項は、無効とされます(消費者契約法8条1項1号、3号)。
したがって、税理士の債務不履行や業務に際しての不法行為による損害賠償責任を全部免除する条項は無効となります。
イ 税理士側に故意・重過失がある場合の損害賠償責任の一部免除は無効
事業者(当該事業者、その代表者又はその使用する者)の故意または重大な過失による債務不履行または債務の履行に際しての不法行為に基づく損害賠償責任の一部を免除する条項は、それぞれ無効とされます(消費者契約法8条1項2号、4号)。
これにより、税理士側に故意・重過失がある場合の債務不履行や不法行為による損害賠償責任を一部免除する条項については、無効となります。
ウ 税理士が損害賠償責任の有無や限度を決定する条項は無効
以上の各場合において、事業者に損害賠償責任の有無や限度を決定する権限を付与する条項は無効とされます(消費者契約法8条1項1号~4号)。
例えば、「税理士が過失のあることを認めた場合に限り、税理士は損害賠償責任を負うものとする」という条項は無効となりますので、留意する必要があります。
エ 免責の範囲が不明確な一部免責条項は無効
消費者契約法の令和4年改正(消費者契約法及び消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律の一部を改正する法律(令和4年法律第59号)。令和5年6月1日施行)により、免責の範囲が不明確な一部免責条項(軽過失による行為にのみ適用されることを明らかにしていないもの)は、無効となります(改正消費者契約法8条3項)。
これにより、例えば、一部免責の範囲について「法令に違反しない限り」といった不明確な文言で定めている条項は無効となりますので、一部免責が軽過失の行為にのみ適用されることが明らかとなる条項にする必要があります。
オ 信義則に反して依頼者の利益を一方的に害する条項は無効
消費者契約法8条に該当しない条項であっても、民法等の任意規定の適用による場合に比べて、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するもの(例:損害賠償額の上限が著しく低いような場合)は無効となりますので(消費者契約法10条)、留意する必要があります。
3 まとめ
税理士と依頼者の委任契約における損害賠償責任の免責条項や責任制限条項は、当事者間の合意による契約条項の一つとして定められるものですので、契約の際には税理士の損害賠償責任がどのような場合に免除または制限されるのかについて慎重に検討する必要があります。
また、税理士の依頼者が法人や個人事業主等の事業者である場合と非事業者の個人である場合において、免責条項や責任制限条項についての規律が異なりますので、その内容を改めて確認したうえで、依頼者に応じた条項を定めることが重要となります。
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