税理士が作成した依頼者の会計データをめぐるトラブル

1 税理士は依頼者に会計データを引き渡す必要があるか?

税理士が、依頼者との委任契約に基づいて、依頼者の総勘定元帳等の会計帳簿を作成する場合、一般的に税理士は会計ソフトを利用して作成した会計帳簿の会計データ(電子データ)を出力し、紙ベースの会計帳簿を依頼者に交付することになります。

依頼者(法人等)の国税関係帳簿の保存方法は、紙による保存が原則であり(法人税法126条など)、税理士が行う会計帳簿の作成業務としては、一般的に紙ベースの会計帳簿を作成して交付することが予定されています。

それでは、依頼者が税理士に対し、紙ベースの会計帳簿のほかに、税理士が会計ソフトを利用して作成した会計データ自体の引渡しを求めた場合、税理士は依頼者に会計データを引き渡す必要があるでしょうか?

税理士は、会計帳簿の電子データによる保存が認められている依頼者の記帳代行業務を行う場合には、依頼者に会計帳簿の会計データを還元して(引き渡して)、依頼者の所在地等に備え付けているディスプレイの画面や書面に出力できるようにする必要があります(電子帳簿保存法一問一答【電子計算機を使用して作成する帳簿書類及び電子取引関係】(令和元年7月)問20参照)。

しかし、税理士が、会計帳簿の電子データによる保存が認められていない一般の依頼者の記帳代行業務を行う場合には、税理士の業務内容として、通常、紙ベースの会計帳簿の交付のみが想定されていることから、依頼者が税理士に会計データの引渡しを求めた場合にトラブルとなることがあります。
この場合、税理士が任意に会計データの引渡しに応じることもありますが、税理士と依頼者の感情的対立等により委任契約が終了するような場合には、当事者による解決は困難となります。 

ここでは、税理士が作成した依頼者の会計データをめぐる問題に関して、現行法の規律や当事者の対応などについてみていきます。

2 会計データに関する現行法の取扱い

民法上、会計データは所有権の対象とならない

民法において、所有権は、所有する「物」について生じる権利とされており(民法206条)、ここでいう「物」とは、有体物(空間の一部を占めて有形的存在を有するもの(気体、液体、固体))を意味します(民法85条)。
このように、民法上、所有権の対象は有体物に限られており、無体物である電子データは所有権の対象となりません。
したがって、現行法上、会計データについての所有権は認められないことから、依頼者が税理士に対し所有権に基づいて会計データの引渡しを求めることはできないことになります。

なお、関連する事案として、税理士が依頼者に対し税理士の保有する依頼者の会計データを引き渡さなかったことが債務不履行に該当するか否かという争点について、会計データの所有権が税理士自身に帰属するとの理由により債務不履行には該当しないと判断した裁判例(東京地裁平成25年9月6日判決)があります。

しかし、前述のように、民法上、所有権の対象は有体物に限られており、無体物である電子データは所有権の対象とならないことから、会計データの所有権が税理士に帰属することはないと考えられます。そのため、当該判決の理由の趣旨については慎重に解釈する必要があるといえます。

著作権法による規律は?

それでは、無体物である会計データについて、著作権法上の取扱いはどのようになるでしょうか?

著作権法によって著作者の権利の客体となる「著作物」とは、思想又は感情を創作的に表現したものとされています(著作権法2条1項1号)。
一般的に会計帳簿の会計データは、客観的な取引事実を会計のルールに基づいて記録しているものであり、著作物性を肯定するのは困難と考えられます。

なお、仮に税理士の作成した会計データが著作物に該当するとした場合、原則として実際の作成作業を行った税理士が著作者となり、会計データの著作権は税理士に帰属することになります。
著作者である税理士が、依頼者に対し、会計データの著作権の譲渡や会計データの利用許諾をすべき法的義務はありません。

3 会計データの取扱いは契約で決めることが重要

前述のように、税理士が作成した依頼者の会計データについては、現行法上、依頼者が法律上の権利を主張して税理士に引渡しを求めることはできないと考えられます。
そのため、会計データの引渡しについては、税理士と依頼者の間の契約により事前に決めておくことが重要となります。

具体的には、税理士が行う会計帳簿の作成業務の内容(税理士の業務の成果物は紙ベースの会計帳簿か?業務の成果物には会計データも含むのか?)について明確に定めることが必要になります。
また、会計データの引渡しについて定める場合には、その引渡方法(会計データをコピーした記録媒体の交付、会計ソフトのデータ共有サービスの利用など)や費用負担についても定めることが重要です。

4 まとめ

2018年6月、経済産業省は「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を策定しました(同ガイドラインは2019年12月に改定されて「1.1版」として公表されています)。
そこでは、「データ・オーナーシップ」の意味について、契約当事者の一方が他方に対してデータの利用権限を主張できる債権的な地位を指すものとしたうえで、データの利用や譲渡等の取扱いは「契約」で決めるべきという方向性が示されています。
近年、クラウド会計サービスの普及などにより、税理士と依頼者の会計データをめぐる問題も多様化しており、会計データの取扱いには慎重に対応する必要があります。

 

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