国税の犯則調査の手続と犯則事件の処分

1 脱税事件の査察調査の実際

法人税や消費税等の脱税事件における査察調査では、強制調査の着手日に、国税局の多数の査察官が、犯則嫌疑者(脱税の嫌疑をかけられている者)の会社や自宅、取引先などの関係各所に事前通知なしで一斉に臨場して捜索を実施し、会計帳簿や関係資料などの証拠物を差し押さえます。

そして、査察官は、脱税の事実の存否とその内容を解明するため、犯則嫌疑者や参考人に対して質問を行うとともに、差し押さえた証拠物の内容を精査して分析や検討を行い、最終的に脱税の事実があると思料した場合には、検察官に告発することになります。

上記のような脱税事件の査察調査に代表される国税の犯則事件の調査については、従来は国税犯則取締法に規定されていましたが、同法は平成29年3月の改正で廃止され、犯則事件の調査に係る規定は国税通則法(第11章 犯則事件の調査及び処分)に編入されています。

以下では、国税に関する犯則事件の調査の具体的な手続や処分についてみていきます。

2 犯則調査の手続の性質

国税の犯則事件の調査(以下「犯則調査」といいます)は、国税の公平確実な賦課徴収という行政目的を実現するため、国税に関する犯則事件を対象として、国税庁、国税局又は税務署の犯則調査の権限を有する職員によって行われる調査です。

犯則調査の対象となる国税に関する犯則事件とは、税金の納付、賦課及び徴収に直接関連する犯罪(租税犯)のことです。
租税犯には、脱税犯(逋脱犯、単純無申告逋脱犯、不納付犯など)と租税危害犯(単純無申告犯など)があります。

所得税や法人税などの脱税事件を対象として国税局の査察部が行う査察調査は、国税の犯則調査の代表例となります。

犯則調査の手続の性質は、一種の行政手続であって刑事手続ではない

国税の犯則調査の手続の性質について、判例は、一種の行政手続であって刑事手続ではないとしています(最高裁昭和44年12月3日大法廷決定)。
もっとも、犯則調査の手続は、当局による質問や検査、捜索、差押え等の行為が認められる点において刑事訴訟法上の捜査手続と類似し共通するところがあります。
また、犯則調査の対象となる犯則事件は、告発によって被疑事件となって刑事手続に移行し、告発前の犯則調査により得られた資料も、被疑事件の捜査や訴追の証拠資料として利用されることが予定されています。
これらの点を踏まえて、判例は、犯則調査の手続について、実質的に租税犯の捜査としての機能を営むものであって、租税犯捜査の特殊性、技術性等から専門的知識や経験を有する収税官吏に認められた特別の捜査手続としての性質を帯有するものとしています(最高裁昭和59年3月27日判決)。

3 任意調査

国税庁、国税局又は税務署の当該職員(国税に関する犯則事件の調査及び処分を行う事務に従事する職員。以下「税務当局」といいます)は、犯則事件を調査するため必要があるときは、犯則嫌疑者または参考人(以下「犯則嫌疑者等」といいます)に対して出頭を求め、質問することができます(国税通則法131条1項)。
また、税務当局は、犯則嫌疑者等が、所持している物件を検査し、任意に提出した物件を領置することができます。犯則嫌疑者等の置き去った物件(遺留物)についても、検査・領置することができます(同条同項)。

犯則調査の「質問」は任意調査であり、不答弁や虚偽答弁に対する罰則はない 

ここにいう「質問」は、犯則嫌疑者等に対し、犯則事件に関連する事項(犯意や動機、不正手段など)について問いを発して回答を得ることによって証拠を収集する手段です。

犯則調査において質問を受けた者が答弁するかどうかは本人の自由であり、通常の税務調査における質問の場合(国税通則法74条の2以下、128条2号参照)と異なり、不答弁や虚偽答弁に対する罰則の定めはありません(国税通則法第10章参照)。

判例は、国税犯則取締法上の犯則調査における質問の手続について、憲法38条1項による供述拒否権の保障が及ぶとしていますが、同法が供述拒否権の告知の規定を欠き、税務当局が質問に際し告知をしなかったとしても、その質問手続が憲法38条1項に違反するものとはいえないとしています(最高裁昭和59年3月27日判決)。

犯則調査の「検査」も相手方の承諾を得て行われる。検査の拒否に対する罰則はない。

犯則調査における「検査」も、相手方の承諾を得て行われるものであり、相手方が拒否した場合の罰則はありません(国税通則法第10章参照)。

間接国税(課税貨物に課される消費税(賦課課税方式)、酒税、たばこ税等(国税通則法施行令46条))に関して定められていた検査の拒否、妨害及び忌避に対する罰金の規定(国税犯則取締法19条の2)は、平成29年改正で廃止されています。

質問や検査、領置をしたときは調書が作成される

税務当局が質問や検査、領置をしたときは、その調書を作成する必要があります(国税通則法152条1項、2項)。
質問調書については、税務当局は、質問を受けた者に閲覧させるなどして誤りが無いかどうかを確かめる必要があり、質問を受けた者が増減変更を申立てたときは、その陳述を調書に記載する必要があります。
また、質問調書には、税務当局の担当職員と質問を受けた者が署名押印しますが、質問を受けた者が署名押印せず、または署名押印することができないときは、その旨を付記すれば足ります(同条1項)。

実際の対応上の留意点

なお、犯則調査への実際の対応においては、税務当局の任意調査に犯則嫌疑者が一切応じないような場合、後に検察官に告発された段階で逃亡または罪証隠滅のおそれがあるとして逮捕・勾留される可能性がある点に留意する必要があります。

4 強制調査

(1)臨検、捜索、差押え

税務当局は、犯則事件の調査をするため必要があるときは、裁判官があらかじめ発する許可状により、臨検、犯則嫌疑者等の身体、物件若しくは住居その他の場所の捜索、証拠物若しくは没収すべき物件と思料するものの差押えをすることができます(国税通則法132条1項本文)。

ここにいう「臨検」とは、犯則事件に関係のある物件等の存否、状態、内容等について五官の作用によって認識を得ることです(犯則嫌疑者の会社に存在する預金通帳に基づき預金残高や入出金の日付を確認する等)。

税務当局は、許可状を請求する場合には、犯則事件が存在すると認められる資料を提供する必要があります(国税通則法132条4項)。許可状には、強制調査の根拠となっている罪名や捜索する場所、差し押さえる物件等の明示が要求されます(同条5項)。

税務当局は、許可状を執行する際は、処分を受ける者に許可状を提示しなければなりません(国税通則法法139条)。また、人の住居等で許可状を執行する場合は、住居の所有者等を立ち会わせる必要があります(同法142条)。

(2)郵便物等の差押え

税務当局は、犯則事件を調査するため必要があるときは、裁判官の許可状の交付を受けて、通信事務取扱者が保管する郵便物等について差し押さえることができます(国税通則法133条1項)。

なお、通信の秘密を保護する観点より、犯則嫌疑者が発信人又は受信人でないものについては、犯則事件に関係があると認めるに足りる状況があるものに限り、差し押さえることができます(同条2項)。

また、税務当局は、郵便物等の差押えをした場合には、犯則事件の調査が妨げられるおそれがある場合を除き、その旨を発信人または受信人に通知する必要があります(同条3項)。

(3)強制調査の夜間執行

臨検、捜索、差押え等の強制調査は、原則として、日没から日の出までの間に実施することはできませんが、許可状に夜間でも執行することができる旨の記載がある場合には、日没後においても強制調査を開始することができます(国税通則法148条1項本文)。
なお、間接国税の現行犯事件の臨検、捜索、差押えなど一定の場合には、例外的に夜間の執行が認められています(同項但書)。
また、日没前に開始した強制調査については、必要があると認めるときは、日没後まで継続することができます(同条2項)。

(4)電磁的記録の証拠収集手続

犯則調査については、平成29年改正により、下記のとおり、電磁的記録(電子データ)の証拠収集手続が整備されています。

ア 記録命令付差押え

税務当局は、犯則事件の調査をするため必要があるときは、裁判官の発する許可状により、電磁的記録を保管する者等に命じて、必要な電磁的記録を記録媒体に記録又は印刷させた上で、その記録媒体を差し押さえることができます(国税通則法132条1項本文)。

これは「記録命令付差押え」という強制処分です。これによって、税務当局は、犯則嫌疑者等の必要なデータが複数のサーバに分散して保管されているような場合、そのデータの保管者(プロバイダ等)に命じて、必要なデータを記録媒体に記録または印刷させたうえで、当該記録媒体(ディスク等や印刷物)を差し押さえることが可能となります。

記録命令付差押えは、処分の相手方(電磁的記録の保管者等)の協力が期待できる場合を想定しています。処分の相手方の協力が期待できない場合には、通常の差押え(必要なデータが記録されている記録媒体(パソコン、サーバ等)自体の差押え)を行うことになり、その際に必要であれば、下記イの執行方法によることになります。

イ 電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法

税務当局は、差し押さえるべき物件が電磁的記録に係る記録媒体(パソコン、サーバ等)であるときには、その記録媒体自体を差し押さえる代わりに、税務当局が自ら当該記録媒体に記録された電磁的記録を他の記録媒体に複写、印刷または移転したうえで、当該他の記録媒体(ディスク等や印刷物)を差し押さえることができます(国税通則法136条1号)。
また、税務当局は、差し押さえを受ける者(犯則嫌疑者等)に複写等をさせることもできます(同条2号)。

ここにいう「複写」とは、電磁的記録を他の記録媒体にコピーすることであり、「印刷」とは、電磁的記録を紙媒体にプリントすることです。
「移転」とは、電磁的記録を他の記録媒体に複写するとともに、元の記録媒体から電磁的記録が消去されるようにすることをいいます。

上記の執行方法により、税務当局は、電磁的記録が保存された記録媒体(パソコン、サーバ等)を差し押さえる場合において、その差押えに代えて、パソコン等に記録されたデータを他のディスク等に複写または移転したうえで、当該ディスク等を差し押さえることが可能となります。

ウ 電気通信回線で接続している記録媒体からの複写

税務当局は、差し押さえるべき物件が電子計算機(パソコン等)であるとき、当該電子計算機に電気通信回線で接続している記録媒体であって、当該電子計算機で作成・変更した電磁的記録等を保管するために使用されていると認めるに足りる状況にあるもの(差押対象物であるパソコンで作成・変更した文書ファイルを保管するために使用されているリモート・ストレージ・サーバなど)から、その電磁的記録を当該電子計算機又は他の記録媒体(ディスク等)に複写した上で、当該電子計算機又は当該他の記録媒体を差し押さえることができます(国税通則法132条2項)。

このリモートアクセスによって、税務当局は、犯則嫌疑者等のパソコンからインターネットで接続しているオンライン・ストレージに犯則嫌疑者等のデータが保管されているような場合、そのデータを犯則嫌疑者等のパソコンや他の記録媒体に複写したうえで、そのパソコン等を差し押さえることが可能となります。

エ 処分を受ける者に対する協力要請

電磁的記録に係る記録媒体の臨検や差押えを行うには、コンピュータ・システムを構成する個々の機器の操作方法やセキュリティの解除方法等に技術的・専門的知識が必要な場合が多いことから、税務当局は、臨検、捜索、差押えを受ける者に対し、電子計算機の操作その他の必要な協力を求めることができます(国税通則法138条)。

オ 通信履歴の電磁的記録の保全要請

通信履歴は、ネットワーク等の電気通信を利用した犯則事件の調査において重要な証拠となりますが、一般的に短期間で消去される場合が多いことから、税務当局は、電気通信事業者(電話会社やプロバイダ等)等に対し、通信履歴のデータのうち必要なものを特定して、一定期間消去しないよう書面で求めることができます(国税通則法134条)。

4 犯則事件の処分

犯則調査により犯則があると思料される場合は検察官に告発される 

税務当局は、国税の犯則調査により犯則があると思料するときは、検察官に告発する必要があります(国税通則法155条)。検察官に告発されることにより、犯則調査の段階で作成された調書、差押物件やその目録等は、検察官に引き継がれます(国税通則法159条2項)。
その後、当該案件については、検察官において刑事訴訟法に基づき刑事事件として捜査が行われます。そして、検察官が起訴(公判請求)すれば、刑事裁判が行われることになります。

一部の間接国税については通告処分が行われる

間接国税に関する犯則事件(申告納税方式による間接国税の犯則事件を除く(国税通則法156条1項、155条2号参照))については、通告処分の制度が設けられています。

具体的には、税務当局は、犯則調査により犯則の心証を得た場合、犯則者に対し、一定の例外を除いて、罰金に相当する金額等を書面により通告し(国税通則法157条1項)、犯則者が通告処分を履行した場合には、公訴は提起されず、犯則事件は終了します(同条5項)。
犯則者が通告処分を履行しない場合には、税務当局により検察官に告発され(国税通則法158条)、その後は、検察官により刑事事件として処理されることになります。

5 まとめ

脱税事件の査察調査は、一般的に家宅捜索から始まり、会計帳簿やパソコン等の大量の証拠物が押収されたうえで、犯則嫌疑者や関係者に対する質問が続けられます。査察調査は、通常は数か月から1年程度の期間を要しますが、事案によってはそれを超えて長期に及ぶ場合もあります。

国税の犯則調査には、犯則嫌疑者の身柄を拘束する権限はありませんが、実質的には租税犯罪の捜査としての機能を有することから、犯則調査の手続の内容と犯則事件の最終的な処分を見据えて対応していくことが重要となります。


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