監査役の会計監査における任務と手続

1 会計監査における監査役の役割

監査役は、取締役の職務執行を監査する機関です(会社法381条1項)。
監査役の職務権限は、原則として、計算書類等の監査(会計監査)を含む会社の業務全般の監査(業務監査)に及びます。
会計監査における監査役の役割は、会計監査人設置会社においては、監査役が会社内部の企業人の視点から会社外部の職業的専門家である会計監査人の監査の方法と結果の相当性を判断することに重点が置かれます。
それに対し、会計監査人設置会社以外の会社では、監査役は自ら計算書類等の監査を直接実施して計算書類等の表示の適正性についての意見を直接表明することになります。
以下では、監査役が自ら会計監査を行う場合(会計監査人設置会社以外の会社)の任務や手続等についてみていきます。

2 監査役による会計監査の意義

監査役設置会社(監査役の監査範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある会社を含み、会計監査人設置会社を除く)では、各事業年度の計算書類及びその附属明細書について、監査役の会計監査を受ける必要があります(会社法436条1項)。

監査役の会計監査は、取締役から独立した地位にある監査役が、取締役の作成した計算書類等(会社法435条)の監査を行うことにより、計算書類等に記載された会社の財産及び損益の状況に関する表示の適正性を一定の範囲で担保し、情報の信頼性を高める点において重要な意義を有しています。

3 監査役による会計監査の手続

監査役は会計監査においてどのような手続を実施することが求められるか?

監査役による会計監査には、計算書類等に表示された情報と計算書類等に表示すべき情報との合致の程度を確かめ、かつ、その結果を利害関係者に伝達するための手続が含まれます(会社計算規則121条2項)。
もっとも、監査役が計算書類等に表示された情報と計算書類等に表示すべき情報との合致を確かめるための手続の具体的な内容については、法令に明示されていません。

それでは、監査役は、会社法上、会計監査においてどのような手続を実施することが求められるでしょうか?
例えば、監査役は、計算書類等の監査において、会計帳簿が信頼性を欠くなどの特段の事情がない限り、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば、その任務を尽くしたといえるのでしょうか?

会計監査においては、会計帳簿が信頼性を欠いていることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報と会計帳簿の内容の合致を確認しただけでは、常に任務を尽くしたとはいえない

この点に関して、判例(最高裁令和3年7月19日判決)は、会計限定監査役による会計監査の手続が問題となった事案において、会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば、常にその任務を尽くしたといえるものではないとしています。

この事案は、会社の経理を担当していた従業員が、多数回にわたり会社の預金口座から自分の預金口座に送金することによって会社の資金を横領していたというものです。
当該従業員は、会社の預金口座からの送金を会計帳簿に計上しておらず、そのため、会社の預金口座については、会計帳簿上の残高と実際の残高の間に相違が生じていました。また、当該従業員は、横領の発覚を防ぐため、会社の預金口座の残高証明書を偽造していました。

このような状況で、会計限定監査役は、各期の計算書類等の監査において、当該従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かずに、その偽造された残高証明書と会計帳簿とを照合していました。そして、当該監査役は、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどしたうえで、監査報告において、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明していました。

この事案では、会社の資金を横領していた従業員が会社の預金口座からの出金を会計帳簿に計上していなかったことから、会計帳簿に記載すべき事項が不実記載となっていました。
そのため、会計帳簿の内容が不適正であることについては、会計帳簿の裏付資料(証憑書類)を直接確認するなどして発見する必要がありました。
不適正な会計帳簿の内容とそれを基に作成された計算書類等の情報が合致していることを確認するだけでは、計算書類等における重要な虚偽表示を発見することは困難であったと考えられます。

監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではなく、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求めるなどの手続を実施すべき場合がある

この判例は、計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり、会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ、監査役は会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではないとしています。
そして、監査役については、会計帳簿が信頼性を欠いていることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるとしており、以上のことは会計限定監査役についても異なるものではないとしています。

計算書類等における重要な虚偽表示のリスクを評価し、リスクに対応した手続を実施することが重要

上記の判例の考え方を踏まえると、監査役による会計監査においては、特定の取引や勘定科目から虚偽表示がもたらされる要因を勘案し、また会社の経理体制や内部統制の運用状況等を評価することにより、計算書類等における重要な虚偽表示のリスクに留意することが重要であると考えられます。

また、判例は、計算書類等の表示の適正性を確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき「場合がある」としており、特定の手続を一律に要請しているものではないといえます。
監査に投入できる人員や時間などの監査資源が有限であることを踏まえると、監査役の会計監査においては、計算書類等の重要な虚偽表示のリスクを評価し、リスクに対応した手続を実施することが重要であると考えられます。 

4 監査役の監査意見からみた会計監査の手続

監査役は、会計監査に係る監査報告において、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を「全ての重要な点において」適正に表示しているかどうかについての意見(会社計算規則122条1項2号)を表明します。
この監査意見の内容を踏まえると、監査役の会計監査においても、財務諸表(計算書類等)の作成及び表示における「重要性」の概念(一般的に財務諸表の虚偽表示は、当該財務諸表の利用者の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合に重要性があると判断される)に基づき、監査上の重要性を考慮して監査手続を実施することが必要であると考えられます。

例えば、会社の現金や預貯金は、会社債権者に対する弁済や株主に対する配当等の原資となるものであり、貸借対照表上の現金預金の項目に係る虚偽表示が、会社債権者や株主の経済的意思決定に影響を与えると合理的に見込まれる場合には、現金預金の虚偽表示は重要性があると判断されます。
そして、現金預金に係る虚偽表示について監査上も重要性があると考える場合(監査上、現金預金の虚偽表示を重要な虚偽表示と考える場合)には、現金預金の項目について、重要な虚偽表示のリスクに対応した手続を実施することが必要であると考えられます。

5 まとめ

上記の判例は、問題となった会社の口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして会計限定監査役が適切な方法により監査を行ったといえるか否かについて更に審理を尽くして判断する必要があるとして、本件事件を原審に差し戻しています。

差戻審では、本件会社の経理体制や内部統制等の状況の下で、会計監査においては具体的にどのような手続を実施すべきであったのかについて審理されることになりますので、裁判所の判断が注目されます。



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